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映画「ひろしま」で原爆の悲劇継承して

映画「ひろしま」について

この記事は、2019年 8月7日に記した記事である。

この記事は、映画ひろしま」同様、永遠に忘れてはいけないこととして、永遠に記録に残すことにする。

私は広島県出身で現在51歳、広島に原爆を落とされたことは知っていたが、それがどのような悲しみをもたらし、凄惨であったかを詳しく知らない。

ましてや、この映画ひろしま」と言う映画が存在していたことを、これまで知らなかった。

映画 ひろしま

この映画「ひろしま」は、被爆者が88,000人が出演している、本当にあの日の広島を経験した人たちが作った貴重で、リアリティのある映画だ。

その「ひろしま」がこれまでは、アメリカや他諸外国の顔色を見ながら表舞台に入れることなく、 ひっそりと上映されていたらしい。

それがこの度、公の場にも公開されることが決まったらしく、いよいよ広島の悲劇を身をもって感じることができると感じている。

私は 現在51歳で1945年 8月6日といえば 、74年前になるから実際の戦争や原爆を知らない。

しかし、広島に生まれ広島の学校に通っていた私でさえ本当の原爆のことを詳しくは知らなかった ということは、広島以外の人達は、それ以上に原爆のことを知らないはずだし、他国の人たちは原爆がどのようなものかをまるで知らないと言っても過言ではないだろう。

そんな中で、今でも世界では戦争が続いており 核兵器を使っていないまでも、毎日のように人が亡くなっている。

こういう人たちもまた、原爆を知らないし、核兵器というものの恐ろしさを身をもっては知らないのである。

そういう人たちが戦争を起こしているということはあまりに危険で、簡単に核兵器などという言葉を口にしてはならない。

では、なぜ今になって映画「ひろしま」が見直されるようになったのか

映画「ひろしま」は 、前述した通り実際の被爆者が88,000人に出演しているドキュメンタリー映画と言える。

今まで封印されていたこの「ひろしま」がついに公に公開されることになった背景には既に、原爆の日から74年が経過していること、74年が経過しているということは実際の被爆者が74歳以上になっているということであり、平均寿命は伸びてはいるものの被爆者は、戦争を経験し語れる者はいずれゼロになる。

ただ、この原爆の非情さや凄惨さや無情感は語り継がれなければならない。

決して忘れてはいけない悲劇なのである。

そういう思いと危機感が、この度の原爆資料館の大きなリニューアルを起こすことに繋がり、また今回この映画「ひろしま」を 公の場に公開することになったのではないかと私なりに思う。

こういうものでしか、実際に原爆がどのようなものかを知るすべがもう間もなくなくなってくるのである。

だから 今語り継がなければいけない必然性がある。

映画「ひろしま」は あの日の原爆の日そのものの再現

実際の被爆者88,000人が出演したこの映画「ひろしま」は映画というよりはドキュメンタリーだ。

実際に被爆を経験した人たちだから、監督のストーリーなどあらすじさえあれば、実際にどのように惨たらしい争いで非生産的であったかは、自然にフィルムに残るのである。

それを一人でも多くの人たちが目にする必要があるし、特に国を動かすほど力のある指揮者達ほどこの映画は必ず見るべきであり、今も尚、戦争を続けている国の指揮者達も目に焼き付けておく必要がある。

一番恐ろしいと思うのはやはり、本当に過去のことを知らないのに戦争を繰り返している国の指揮者たちが、安易で意味をなさないくだらない決断をさせる訳にはいかないのである。

反戦歌として紹介したい歌

さて、こうやって戦争と正面から向き合い、今回の映画「ひろしま」は映像という形で、戦争を二度と起こさないためのメッセージを残していくわけだが、同じように音楽界でも反戦歌という歌が数多く歌われている。

これは洋楽、邦楽問わず少なからず大御所のミュージシャンたちは、この反戦歌をアルバムの中に収録するケースがままある。

ここでは、そういった反戦歌を紹介したいと思う。

音楽界でも戦争に対するメッセージとしてそれをファンの皆さんにメッセージとして投げているのである。

音楽が発信するメッセージもまた、人の心に響くものである。

◼️ボブディラン/風に吹かれて

1963に発売された ボブディランの セカンドアルバム フリーホイーリン・ボブ・ディランの中に風に吹かれては収録されている曲である。

ボブディランは1941年アメリカ生まれのミュージシャンで、BLUESやR & B を得意分野とする ミュージシャンだが、あまりメディアなどにへの出演を好まない、アメリカの隠れた至宝である。

世界的に有名なミュージシャンで、ノーベル文学賞を受賞したことでも有名だ。

世界的に知名度の高いこのボブ・ディランの風に吹かれては、ベトナム戦争での反戦歌として、世にとどろき、 ピーター ポール&マリーやスティーヴィー・ワンダーがま1965年にカバーし、 ミリオンヒットとなった100年続く歌として有名だ。

(風に吹かれて和訳)

どれだけ砲弾が飛び交えば永遠に禁じられるのか

どれだけ知らないふりをして顔を背けるのか

どれだけ耳があれば 悲しみが聞こえるのか

どれだけ人が死ねば あまりにも多すぎると感じるのか

友よ答えは風に吹かれて 風に吹かれている

【風に吹かれて】

日本でも多くのミュージシャンがこのボブディランの風に吹かれてをカバーしてライブなので歌っているが、今回 Bob Dylanの他に紹介したいのは桑田佳祐さんが歌う反戦歌だ。

沖縄の戦いを皮肉った「平和の琉歌」や国際紛争をもじった「ピースとハイライト」、映画、永遠のゼロの主題歌となった「螢」などである。

◼️桑田佳祐 サザンオールスターズ

・平和の琉歌(1997年シングルカット)
・ピースとハイライト(2015年シングルカット)
・平和の鐘が鳴る(2015年アルバム葡萄に収録

・蛍(2015年アルバム葡萄に収録)永遠のゼロ主題歌

平和の琉歌は、1996年、ガールズ万座ビーチイン沖縄のライブで披露された、沖縄をテーマにした反戦歌。

また、ピースとハイライトは、サザンらしくちょっとコミカルなトーンで作られた反戦歌で、どちらかというと国と国との争い(国際紛争)に近い歌かもしれない。

ピースとハイライトと言えば、古い人は知っている通り、タバコのことなんだけど、ピースを平和とタバコのピースとかけあわせ、桑田さんは、元々、ヘビースモーカーだった時期にハイライトを吸っていたので、しゃれて、ピースとハイライトというタイトルがつけられたのではないだろうか?

そして、葡萄というアルバムに収録されている「平和の鐘が鳴る」と「蛍」も知る人ぞ知る反戦歌である。

この家蛍は永遠の0岡田准一主演山崎貴監督 映画での主題歌となった。

【ピースとハイライト】

【蛍】

世界で唯一の被爆国、日本(広島)

1945年、第二次世界大戦終了終戦したが、これはその年の8月8月6日の広島への原爆投下が大きな引き金となり日本は降戦した。

第二次世界大戦終了終戦は終わり、それ以来、世界で核兵器は使われていない。

つまり、日本(広島)は 世界で唯一の被爆国なのである。

ということを忘れてはいけない。

そして、世代を越えて時代が変わっても、これは永遠にが引き継がれなければいけないことであり、繰り返してはいけない。

今でも世界では、毎日のようなに紛争が続いているが、彼らは、そして国を動かせるほどの指揮者たちは、この原爆をどのように理解しているだろうか?

核兵器を使うということがどのような結果をもたらすかということを身にしみて分かっていない 。

それは被曝を経験していないからである。

唯一世界で被爆を経験している広島の人達だけが、本当の核兵器の恐ろしさを 知っている。

だからこの非常で無情な醜い争いは二度と起こしてはならないのだ。

ということを世界に発信し続けなければならない。

どうして、そういった悲しみを負った人間が反戦を働きかけなければならないのかという理不尽さも矛盾さも大いにあるが、 しかしこれをやっていけるのは戦争や被爆経験者でしかない。

このまま経験者がいなくなることで、また間違いが起こるかもしれないのである。

絶対に起こしてはいけないからこそ引き継いでいかなければならないのである。

戦争という二文字は戦い争うということだ。

闘って争って、勝ったからと言ってそこに何の意味があるのだろうか?

そのために何人の人が犠牲になるのだろうか?

こんな稚拙な、武力で解決するなど、人間は単純なものではないはずである。

だから 武力行使による戦いの勝ち負けなど何の意味も持たないし、価値のないことである。

むしろ多くの命をも奪う野蛮な選択だ。

そろそろそこに気づき、お互いが見いだせる 妥協点を対話によって見いだし、解決するべきである。

戦争とは何か?

戦争とは何か?

それは武力によって国際紛争を解決する手段だが 、あまりにも稚拙で愚かな手段である。

そして戦争で得られるものが 何があるのかと言うと、何もない。

得られるものは勝った国の変なプライドと満足感だけである。

それ以外は何もない。

あまりにもそれ以外に失うものの方が甚大である。

それによって命を亡くした人々の無情さや非情さを考えると、二度と起こしてはいけないことなのである。

ましてや、核兵器を使用する紛争が これから先永遠に起こってはならないそのためには、この度の 映画「ひろしま」を各国の国を動かすほどの指揮者たちに知らしめる必要があるし、抑止力として働かさなければならない。

人は過ちを起こす。

過ちを起こさない人はいないというくらい人は過ちを起こすものである。

だが、戦争という過ちは二度と起こしてはいけない。

そのためは、抑止力を機能させなければならない。

抑止力を働かすためには、各国の 人々や、国を動かすほどの指揮者たちが、核戦争の凄まじさを 身にしみなければならない 。

そのためにこの「ひろしま」は これからも永遠に受け継がれていかなければならないし、ことあるごとに 紛争を起こさないための抑止力となることを願いたい。

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