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忘年会スルー、新年会スルーありかもね

少し前に、Twitterで話題になったようですけど、若い社会人の人たちが、忘年会スルーと言う言葉をTwitterで炎上させていたみたいです。

文字通り、忘年会スルーとは、忘年会をスルーして参加しないということなんですけど、今時の若い社会人の人らしいですね。

でも私、あまり否定的には思わないんです。

私自身も、あまりそういった大勢の中でお酒を飲むのがあまり得意ではないというのもあるんですが、今の若い人たちはそういった、一昔前の社会人の掟みたいなものを受け入れられないと言うのもなんとなく分かる気がするんです。

お酒をみんなでワイワイと飲んで、それでストレスが発散できれば何も言うことはありませんが、今の若い人たちは、それがストレスになる、だから忘年会スルーなんです。

日本人は律儀なので、そういうしきたりのような圧のようなものに屈して、意に反することでも付き合うという風潮があります。

これも、過去の時代が残した風習なんでしょう。

でも、世の中は、変わらなければならない時が来ています。

自分の意見をはっきり言う、立派なことです。

今の若い人たちが、若い者同士だけでお酒を飲む方が、ストレスを解消できるそれならば、それで忘年会スルーでも全く問題ないと思います。

過労死もなくななります。

これから大きく世の中は変わりますよ

5Gサービスの開始によって、世の中は大きく激変しそうです。

これは前述もしましたが、5Gサービスはとてつもなく世の中を激変させるシステムであることはほぼ間違いなさそうです。

あとは、それをどのような仕組みや工夫をしてサービスを提供できるか、そして、それを私たちは取捨選択して、いかに自分にとって快適に利用できるかということに尽きると思います。

そういう時代だからこそ、社会人だったら飲み会に付き合うのは当たり前だとか、懇親会には参加しようとか、何とも言い難い圧のかかったような席でお酒を飲むことが、本当に若い人達にとって有益なのかどうかと思うと、これからは忘年会スルーでも、新年会スルーでも、懇親会スルーでもありなんじゃないかと思うんですよね。

でも、それが社会のルールであって、やはり顔を合わせてお酒を飲むことがコミュニケーションにつながることだとしたら、それが嫌な人は、違う道を歩めばいいそれでいいんじゃないかなと思います。

私はオーバー50にとうとう到達しましたが、特に最近つくづくそのように思うようになりました。

50を過ぎたから見えてきたことがある

人生100年時代と日本の総理も声高らかに語っていますが、当然ながらみんなが100歳まで生きられるわけではないですよね。

でも、運良く自分がその中に入れたら、あと50年あるということにもなりますが、一方で癌になる人の確率は2人に一人、もしくは3人に一人と言われています。

そして、年齢を重ねた人のみならず、若い人でも今は、重い病気にかかることも珍しくないそんな時代です。

タモリさんが、あるテレビ番組で死ぬときに後悔すること、というある終末期患者を診る医師が、執筆した書籍を紹介されたことがあります。

私は、タモリさんのファンだったので、自分でこの本を買ってそれを読んでみました。

それは、まだ30代の頃でしたのでなんとなくまだ、自分のこととは思えないように感じましたが、よくよく考えてみるとこの本は、かなりのドキュメンタリーな本でした。

死ぬときに後悔すること25

死ぬときに後悔すること25、というタイトルだったと思いますが、この本の著者は、終末期患者を数え切れないほど看取られてきた医師が書かれた本です。

死ぬ間際に人は、どんなことを思い何を考え後悔するのか、これを目の当たりにした執刀医が執筆した本で、これ以上の事実はないとつくづく感じました。

何かを体験した時、次に同じような体験をすることがありますが、死ぬことについては2回経験することは誰一人としてありません。

そういうことを、50を過ぎるとそろそろ実感し始めてくるんですよね。

だから、忘年会スルーだろうが、新年会スルーだろうが、そんなことが自分のストレスになるくらいなら、違った道を歩めばいい、自分の人生なんだからそう思うんです。

でも、話を戻しますが、この死ぬときに後悔すること25という本の中には、生々しい患者さんの声を聞くことができます。

終末期患者の方が亡くなられる前は、その前兆というものが分かっています。

それを前提として患者さんに敢えて、何か後悔していることはありますか?

と聞くと、何も後悔することはありませんという人は、数え切れないほどの患者さんを看取ってきた医師の執筆した本からは、誰1人としていらっしゃいませんでした。

だから、なおのこと、やりたいことがあって嫌なことを我慢しているくらいなら、思いきって、我慢せずに生きる生き方も当然ありだと思うんです。

タモリさんって何であんなにすごいんでしょうね

タモリさんは、笑っていいともというフジテレビのバラエティ番組を、10年以上も、1日も休むことなく続けてこられたエンターテイナーですが、それどころじゃなく、今、ブラタモリというNHK のテレビ番組では、計り知れない知識と教養を存分にさらけ出されています。

いつ、そんな勉強をしたんだろうというくらい、何でもわかってしまうタモリさん。

私は、タモリさんのデビュー時代の頃、まだ私が学生だった頃、なんとなく覚えていて当初のイメージで言えば、あまり良いイメージではありませんでした。

今で言うと、かなりの変態ぶりだったのです。

変態というか奇妙、人のやらないことをやる、そんなイメージでした。

今は、言葉が正しく使われるようになり、変態という言葉が、それほどネガティブではなくなりましたが、当初のタモリさんは変態そのものだった、と今は思います。

うまく言えませんが、天才に近い変態という意味合いになります。

尊敬できる人の1人です。

NHKは意外と面白い番組を作ってますね

NHKとは日本放送協会という特殊法人ですが、どちらかと言うとお堅いイメージがあり、何で、NHK だけ受信料を払わなければならないんだろうと子供の頃は思っていたんですが、受信料を払うだけの価値のある番組をいくつも目の当たりにしました。

このブラタモリもそうですし、鶴瓶の家族に乾杯もいい番組ですよね。

朝ドラも毎回ヒットしますし、よくよく考えてみると、NHK はなかなか面白い番組を作っているなと、最近になって思うようになりました。

後は、ドキュメンタリー番組などもかなり核心をついた番組が多く、何気なくNHK にチャンネルを合わせると、そういうドキュメンタリーティックな番組をついつい見入ってしまう、そういう機会は少なくありません。

不倫番組もあれば、エロスを題材にした番組もある、なかなかいいですよ。

以前、これもドキュメンタリー番組なんですが、ラストトーキョーいう番組を放送していました。

これは歌舞伎町に7,700万円の借金を抱えながら麻雀店を開業した1人の女性と、その娘のがテーマとなったドキュメンタリー番組でした。

その娘さんは、現NHK の社員です。

歌舞伎町には、足を踏み入れてはならないと、お母さんに言われていたそうですが、その歌舞伎町に娘さんが入り込んで、お母さんの麻雀屋さんをの歴史を綴っていくというものでした。

ここでもやはり、時代の流れがあって、この麻雀屋さんも激安麻雀店屋さんの流れに押され、閉店を余儀なくされそうになった。

しかし抱えている従業員の方等もできれば、続けてもらいたいと思う気持ちはあるが、収支を考えるとそろそろやっていけなくなりそうだというような悲哀を感じる内容でした。

まさに、5Gがもたらす持続的成長がなければ継続存続することができないことを物語っていたような番組です。

いいタイミングで、 NHKもこういった番組をするんですね。

でも、ここで麻雀屋さんは閉店することをためらい、継続することを決断したんです。

それは、娘さんに刺激を受けてもう一度、1からその仕組みやサービスを、再構築し始めたんです。

そうすることによって、常連客以外の若いお客様が来店されるようになり、今でも継続されているようです。

物事は考え方次第で、どうにでもなる、強く思うこと、私は、この番組が好きだと思ったので、録画して何度も見ています。

NHKのオンデマンドで、今でも、視聴できると思います。

そして、その7,700万円を借金してまで始めた麻雀屋さんを運営されたお母さんは、歌舞伎町には毒がある、その毒があるからこそ、生きていける人たちがここに集まり、そういう人たちを決して、影に追いやらないで、そういう生き方をしなければならない人たちに光を当てて欲しいとも言われていました。

そういう、バランスをどうか歌舞伎町は保ってほしいと、涙ながらに語っていらっしゃいました。

世の中は激変しますが、考え方次第で、生き方は清々しいものになり、満足のいく生活も、考え方次第ではどうにでもなるもんだなとつくづく感じた瞬間でした。

NHK なかなかやるじゃん。

でもNHKで我慢ができないこと

NHKではニュース番組が比較的多いですよね。

公共放送ということになりますので、どうしてもニュース番組が多くなるのですが、私はこの NHK のニュース番組を見ていて、どうしても我慢できなくなったことがあります。

それは、ニュースの解説で、お客様のことを「客」と呼ぶのです。

何かお店で事故があって、その中にいた「客」は無事だったというようなフレーズでニュースを語るのです。

これには頭にきたこれ私は、実は NHKのお客様センターに電話を入れたことがあります。

今、テレビのニュースを見ていたけど、お客様のことを「客」とは何だ!

NHKだろ!

お客様のことを「客」と呼ぶのは不適切ではないかというような内容でお客様センターの人と話しました。

しかし、結果はなんとなく予想していた通りの回答でした。

それはお、客様にとっては不快に思われたかもしれません。

そうであれば申し訳ございません。

ただ、報道している番組は適切だと認識して放送しております。

きっぱりとそう言い切りました。

今の時代、サービスは、お客様が選ぶ時代です。

やはり、天下の NHKだけあって、超、上からの回答だと私は心底から思いました。

頭にきたというよりは、不適切だと思ったのです。

天下のNHKが、お客様のことを「客」と言うから、受信料を払わない人が多いんだ!

と思ったのです。

そういうことがやはり公共の放送局、そういった冠がずっと古い昔から今もはびこっている 、NHKの悪しき習慣と言わざるを得ないと思います。

今時、お客様のことを客と言う商売は、皆無に等しいです。

それはそれで、NHK が倒産する恐れは100%ないのでいいんでしょうが、やがて NHK を見る方は減っていくような気がします。

そういう時代ではないんですよねNHK さん。

だけどいい番組をする NHK

病院ラジオという、サンドイッチマンが病院に仮設スタジオを設置し、DJ を患者さんと一緒になって行うという番組があります。

これも既成概念を払拭した持続的成長を成し遂げるような、テレビ番組だと思います。

時代が変わっていることを象徴するように、重篤な患者さんであっても、笑顔でその仮設スタジオのサンドイッチマンがいる席に赴き、心境を語っているのです。

そこには、寂しさや虚しさ、悲しさは微塵もありません。

笑顔で、サンドイッチマンの問いに答える患者さん。

こういう番組は、是非継続するべきだと思います。

時代が変わったかということを象徴するかのような素晴らしい番組だと思います。

あともう1つ、駅ピアノというNHK の番組があります。

駅にピアノを置いていて、それは誰が演奏してもいいわけですが、ピアノが置いてあるとなんとなくピアノが弾ける人がそこに集まってきて、自分の好きな曲を自分の思うように弾くのです。

そして、その曲を聴いている人がその曲が終わった後には、割れんばかりの拍手をするという感動的な番組です。

ピアノマンは、場所を選ばず、時間を選ばず、そこにピアノがあれば、ピアノ演奏するし、ピアノ演奏が始まると、そこには自ずと人が集まり、それに感動する、これ以上のテレビ番組はないかもしれません。

そういった、とてつもなく突拍子もなく素晴らしい番組を提供できるNHK なので、どうか、お客様のことは「お客様」と呼ぶようにしてくださいね。

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