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お寺と神社の違いを徹底解説

そもそも、日本には、お寺というものと神社というものが、存在します。

筆者も、年に1回は、お寺や神社で、お賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして、お辞儀して、手を合わせて、お参りしているような気がします。

何でなんでしょう、よく覚えないですが(笑)

何となく・・・です。

筆者だけでなく、みなさんも年に1回くらいは、お寺や神社にお参りしてますよね。

習慣みたいなものかも、知れませんね。

お寺や寺院と呼ばれるものは、全国に約77,000箇所、神社の数は、約80,000箇所と言われています。

実に、たくさんのお寺や神社が、存在します。

これだけ、お寺や神社があれば、みなさんの近所にも、お寺や神社がありそうです。

しかし、神社とお寺、どんな時に、神社に行って、どんな時に、お寺に行くのか?

みなさんは、いかがですか?

筆者の場合、例えば、大晦日は、除夜の鐘を突くためにお寺、初詣は、神社、願い事がある時は、いやー、どっちですかね。

筆者の場合、願い事の種類によって、カラダの健康や、家族の健康を願う時は、何となくお寺、その他の、願い事の場合は、神社のような気がします。

何となくです。

例えば、人が亡くなった時の、お葬式は、神社では、行いませんよね。

しかし、「結婚式」は、神社で行うことが、あります。

お葬式は、お寺の他、今は、斎場が増えています。

人が、亡くなるということは、「悲しいこと」です。

その、悲しみを唱え、尊ぶということなのでしょう。

また、家には、おおよそ、「仏壇」があります。

キリシタンの方は、イエス・キリスト像や、十字架などでしょうか。

そして、節目、節目で、「法要」を行います。

そもそも、お寺には、僧侶の方がいて、いつも、修行をされています。

修行に、修行を重ねて、「あらゆる欲を断つこと」に到達した人が、大使だったり、法師だったり、修行僧の上に立ちます。

仏教は、そもそも、「ブッタ」から始まりますよね。

実在しています。

その、仏の道が、「仏道」ということになります。

念仏を唱え、お経を読み、毎日、毎日、修行を重ねます。

人が亡くなった時は、その、お経を唱え、この世から、あの世に人を送り出す。

そうこう考えてみると、願い事を叶えたい時に、「神様、仏様」と一緒にしてしまちがちですが、神様と仏様は、少し、種が異なるようにも思えます。

シンプルですが、仏様は、修行に修行を重ねて、仏教の真髄に到達した人、そう、仏様は、実在したもので、神様は、「古事記」や、「日本書紀」には、出てきますが、実在したのかどうか、一説には、神様は、人が創ったとも言われています。

そして、神様は、国を創った先駆者ではあり、手柄を立てたという話は、神話として聞きますが、修行をしたという話は、あまり、聞きません。

これが、正しいかどうかは、分かりませんが、「神様」と「仏様」は、どうも性質が、異なりそうです。

少し、話が、「陰」に入ってしまいましたが、いずれにしても、筆者もですが、人は、何かを願う時、神様や仏様に、「祈る」という行為に縋ります。

お寺や神社に、お参りに行くことは、至極、自然で、別に、それが、「宗教的」だとは思いません。

ごく、当たり前の行為で、みなさんの日時生活の中の、1行動となっています。

この、日常の行為、もう少し、掘り下げてみましょう。

どんな時に、神様や仏様にすがりたくなるのか、何故、すがりたくなるのか?

ちょっと、迷走しそうですが、筆者なりの、見解を出して、これからは、お参りに行きたいと思います。

神様と仏様の違いはどこにあるのか

とかく、筆者は、「神様、仏様」と、ひとくくりにする癖があるんですが、今後は、少し近い分けていきたいと思います。

どうも、性質が、違う気がするんです。

ある、書物で読んだことがあるんですが、仏様とは、「あらゆる欲望」を克服した人、「ブッタ」から始まっています。

仏様の真の目的は、筆者ら、信者たちを「救済」するための存在としての位置づけで、「人」としての道を解く役割です。

「信じるものは、救われる」こういうことですね。

一方で、神様とは、「崇め奉るもの」とされていて、正直で清浄な心を持って、感謝する対象が、神様というようです。

その対象とは、自然や森羅万象全てを、「神」として、崇め奉っていて、人物の場合もあれば、物の場合もあるようです。

少し、ふんわりしています。

感謝し、崇め奉ることで、物事が、成就するというもの。

古代人の、知恵や考え方を儀礼化したものを「神道」と言う・・・そうです。

そもそも、神様の誕生は、稲作の影響が大きいとされていて、天候に左右されやすい稲作に従事される方々が、豊穣を「神」に願い、自然の恵は、「神」からの授かりものだと感謝するところから始まっているようです。

その感謝に報いて、守り助けると言うのが、「神様」のあり方。

う~~~ん、分かったような、まだ、ちょっと、引っ掛かるような。

筆者が、感覚的に、感じていた、神様と仏様に、当たらずとも遠からずといったところでしょうか。

お寺と神社は、どう見分けるのか

お寺と神社、みなさんは、どうやって見分けますか?

まず、「名前」で、分かりますよね。

その他、お寺と神社では、明らかに内容が異なる点が、幾つかあります。

それらの、相違点をまとめてみます。

まず、「入口」です。

お寺には、「山門」があり、神社には、「鳥居」があります。

入口から、明確に違いますね。

続いて、入口の「像」について。

お寺には、「仏像」が、神社には、「狛犬や獅子」が、奉られています。

次に、「境内」です。

お寺には、「伽藍」が、神社には、「本殿・拝殿・手水屋」が待ち構えています。

さて、次ですが、お寺と神社では、「門の種類」にも違いがあります。

お寺は、「仁王門・二天門」、神社には、「桜門・髄身門」と、姿形が、明確に違いますね。

次です、「参拝する建物」は、お寺が、「本堂」、神社は、「鈴のかかった拝殿」、そう言えば、確かに、お寺に、「鈴」は、ありません。

さて、最後ですが、「建物の特徴」にも、象徴的に違いがあります。

お寺は、「和様などの瓦屋根・太い柱」、神社は、「神明造の高床式」で、建築されています。

こうして比較してみると、お寺と神社とでは、当然、「名前」を聞けば、それが、お寺なのか、神社なのかは、分かりますが、具体的に、何が違うかと聞かれたら、なかなか、すぐには、出てこないもの。

次に、お寺や、神社に行った時は、じっくり見てみたいと思います。

神様はどれくらいの数の神がいるのか

仏道の場合は、最澄、空海に始まり、歴史上の仏道に携わった仏教者の名前を、耳にすることがあります。

さて、神様は、どうでしょうか?

日本には、実に、多種多様な神が宿っていたとされています。

アマテラスとか、オオクニヌシとかは、よく聞きますね。

その前に、神様の数え方です。

「1柱」、「2柱」と、数えるそうです。

筆者は、始めて知りました。

これは、宮崎駿さんの、「千と千尋の神隠し」の会話の中にも、出てきますが「八百万の神」というほど、ありとあらゆる物に、神が宿ると信じられていたんですね。

例えばですが、神社、これは、当たり前ですが、祠、道端やトイレ、風、水、山、雨、動物、芽生え、稲の実りなど、森羅万象全てに神が宿っていたとされています。

その数、何と、「327柱」。

これが、日本の神様の総数です。

これら、327柱の神々を、「八百万の神」と称していたんですね。

「八百万」とは、「ありとあらゆる」などと訳されています。

その、「八百万の神」が、ある時期に、一斉に集合する、神社があります。

それは、また、別の記事で、ご紹介します。

千と千尋の神隠しも、こうして見ると、神という、存在を鮮明に、忠実に表現したものだと、改めて、感じてしまいます。

ミギハヤミコハクヌシは、ハクのことですが、ハクは、人の姿をしているが、龍に変わります。

千と千尋の神隠しでも、神様は、人ではないですね。

さすが、宮崎駿監督ですね。

また、これまで、筆者が、綴ってきた内容や単語を読んで、何かもう1つ、思い出す、アニメがあるんですが、みなさん、いかがですか?

「柱」と聞いたら、アレですよね。

そう、「鬼滅の刃」です。

鬼滅の刃もまた、古代から、言い伝えられてきた、日本の神道と繋がっているようです。

千と千尋の神隠しも鬼滅の刃も、相当、日本の視聴者に衝撃を与えていますが、根底には、神様に由来する背景があるということは、やはり、何か、人を引きつけるものが、あるのでしょう。

しかし、少し、腑に落ちないことに気づきませんか?

全国の、神社の数は、約80,000箇所、神様の数は、327柱。

数が、全く合わないです。

同じ名前の神社が日本中にたくさんある

全国、どこに行っても、神社は、そこらじゅうにあります。

そして、同じ名前の神社もたくさんあります。

その中でも、最も多い神社は、○○八幡神です。

全国、80,000箇所の内の、約1割が、実に、○○八幡(はちまん)と名付けられています。

同じ名前の神社には、同じ、神様が宿っている。

これで、辻褄が合あいました。

次に、日本中で、多いのが、○○稲荷(いなり)。

これも、よく聞く神社です。

でも、どこの神社が、「願い事が叶う」とかは、ないんでしょうか?

ご心配なく、神様の力は、神社が分散していても、パワーが減ることはないそうです。

だから、みなさんの近所にある、神社で、十分、「おかげ」があるはずです。

こうして、色々調べてみると、太古の時代から、脈々と受け継がれている歴史には、感慨深いものがあります。

目には、見えない物なのに、何百年、何千年と受け継がれていて、今でも、私たちは、お寺や神社にお参りにいきます。

人は、いつの時代も、そういう、目には見えないものに、思いを込めて、祈りを捧げているんですね。

お寺と神社はどちらが馴染み深いか

筆者の場合、お寺と神社だと、どちらかと言うと、神社の方が馴染み深いですね。

みなさんは、いかがでしょう?

人、それぞれですので、一概には言えませんが、筆者は、休みの日には、ウォーキングをするんですが、道すがら、お寺、神社の順に、神社仏閣が現れるんです。

筆者は、欲張りなので、お寺、神社の両方に、お参りしています。

何を祈るでもなく、「家族と自身も含めて、とにかく健康でありますように」みたいな感じです。

こういう、シチュエーションだと、お寺にも、当然寄りますが、これも、感覚的なものですが、何か、「頼みごとや願い事」は、神社の方が効きそう・・・ただ、それだけです。

お寺は、筆者にとっては、現実社会の中にあるんですね。

例えば、昔は、お葬式と言えば、「家」にお坊さんに来ていただいて、お経をあげていただいていたんです。

正に、現実社会。

人の、「生老病死」に携わっていただいている所。

お寺の、「お祭り」って、あまり聞かないですよね。

せいぜい、「○○供養際」とか、やはり、現実社会なんです。

しかも、どちらかと言うと、現実社会、特に、「人の死」に関する事と、繋がりが深い。

だから、ちょっと、悲しいイメージなんです。

対して、神社は、初詣や、初宮参りとか、お寺とは、真逆のイメージなんですね、筆者にとっては、ですよ。

お祭りもあって、出店がとか、賑やかで、ちょっと「ファンタジー」的でもあったりするじゃないですか。

千と千尋の神隠しも、鬼滅の刃も、神が関わっている。

だから、どちらかと言うと、神社派なんですよね。

でも、最期は、お寺さんに、お世話になるんですけどね。

で、神社のこと、お寺にも言えることもあるんですけど、ちょっと、面白い話をしていきますよ。

神社の鳥居の役割とは

神社には、必ず、「鳥居」がありますよね。

何で、「鳥居」って、必ず、神社にはあるんでしょうか?

それは、鳥居が、参拝する人と、神様の領域の「境」を明確にするためなんだそうです。

鳥居を潜ることで、日頃の穢れを払うという意味合いがあって、潜ってしまえば、神の領域に入ると言うことなんです。

そこで、邪気が取り払われるんですね。

そして、鳥居は、往々にして、何故、赤や朱色なのか?

これは、火や太陽、血に繋がる赤や朱が、呪術的な意味合いを持ち、魔よけとして

使われてきたと言われています。

何か、それぞれ、1つ1つに、意味合いがあるんですね。

正しい神社参拝の作法

神社に参拝するときには、一般的な参拝の作法があります。

神社にお参りする時は、「神様」に失礼がないようにしたいものです。

正直で、清浄な心を持って、参拝する人には、神様は、願い事を叶えてくれることを信じて。

では、参拝の作法です。

①鳥居の前で一礼します

※ここを越えると、神の領域に入ります。

②参道は、端を歩く

※謙虚さが必要です。

③手水屋で心身を清める

※1 右手で柄杓を持って、左手をすすぐ

※2 左手に柄杓を持ち替え、右手をすすぐ

※3 再度、右手に持ち替え、左手で水をうけて口をすすぐ

※4 左手を清めたら、柄杓を立てて柄にそって水を流す

④鈴を鳴らし、お賽銭を入れる

⑤2礼2柏手1礼

※柏手を打つ時は、右手を少しだけ下にします。

これが、神社での、基本的な参拝の作法です。

古来からの、しきたりですので、間違わないようにしたいものです。

何故、神社では、「柏手」を打つのか

神社の拝殿まで行くと、いよいよ参拝です。

神社では、「2礼2柏手1礼」、これが、基本です。

でも、何故、「柏手」を打つのでしょうか?

一説では、柏手には、邪気を払い、神様を呼び起こし、敬意と感謝を表す意味があるそうです。

ですから、柏手は、「パン、パン」と調子よく、柏手を打つのが良いとされています。

そして、右手と左手を少しズラします。

右手が、少し下に来るようにして、手を合わせ、柏手を打ちます。

これは、右手が、人を、左手が神様を表すとして、ここでも、神様を敬うことが、基本となったしきたりのようなものがあります。

また、神社では、前述した通り、参拝は、「2礼2柏手1礼」が、基本ですが、格式の高い神社ほど、この基本パターンが、異なります。

日本で、最も、社格が高いのは、「伊勢神宮」ですが、伊勢神宮では、「8度拝8開手」となります。

余談ですが、「伊勢神宮」の、本当の呼称は、「神宮」で、伊勢は、付きません。

唯一無二の神宮だから、伊勢は、いらないというのが、本来だそうです。

さて、他にも、社格が高い神社がいくつかあります。

出雲大社(いずもおおやしろ)や、「宇佐神宮」では、「2礼4柏手1礼」と、社格の高い神社ほど、柏手の回数が、異なります。

社格の高い、神社に参拝する時は、間違わないようにしましょう。

おみくじは何度引いてもいいのか

神社やお寺に参ると、1つの楽しみは、「おみくじ」ですよね。

おみくじも、多様化していて、「こどもおみくじ」とか「恋愛に特化したおみくじ」なども、ありますが、筆者は、やはり、「スタンダードなおみくじ」が好きです。

おみくじには、大吉から大凶まで、7段階から12段階あるのが、一般的です。

誰しも、大吉を引きたい気持ちで、いっぱいでしょう。

しかし、甘めの神社やお寺では、大吉の数を多めにしているところもあるようですが、なかなか、「大吉」は、お目にかかれないもの。

「大吉」を引きたくて、何度も、チャレンジしたことは、ないでしょうか?

基本、「おみくじ」は、1回が、原則とされています。

もし、あまり、良い内容でなくても、1回で、留めましょう。

悪い内容だったとしても、救われるような内容が、記述されていたり、大吉であっても、注意すべきことが記述してあることが、まま、あります。

1度、引いたおみくじを、厳粛に受け止め、しっかりと、気持ちを新たに引き締めましょう。

おみくじで、1番大切な部分は、「教訓」の箇所です、教訓をしっかりと受け止めましょう。

また、ラッキーなことに、大吉や吉が出れば、財布などに入れて持ち歩くもよしです。

残念ながら、大凶や凶などの場合、神社の指定の場所に結んで帰るのが、一般的で、この時、利き手とは、逆の手で結ぶと、凶が吉に変わるというジンクスもあります。

覚えておきましょう。

七福神の中で日本の神様はたった1人

七福神、もう、馴染みの神様ですよね。

「大黒天」、「毘沙門天」、「布袋」、「福禄寿」、「寿老人」、「弁財天」、「恵比寿」、これらが、七福神を構成する神様です。

しかし、何とこの、七福神、日本の神様かと思いきや、日本の神様は、唯一、「恵比寿様」のみなのだそうです。

他の神様方は、インドや中国の神様。

アジアンオールスターズなんです。

また、七福神が定着し始めたのは、江戸時代に入ってからだそうで、それまでは、5柱、8柱だったことも。

更に、メンバーチェンジも、頻繁に行われていたそうです。

面白いですね。

厄年の心構え

厄年は、女性にも、男性にもあります。

女性は、大厄が、33歳(散々)、男性は、42歳(死に)で、それぞれ、その前後が、前厄、後厄となっています。

筆者も、通り過ぎましたが、そう言えば、「かなり、ツキに見放されたような記憶」があります。

その時は、「厄」だからか・・・

と、半ば、諦めて、耐え凌いだように思います。

ただ、この「厄」には、何か、明確に不吉なことが起こる根拠は、無いのが実際のところ。

自分で、「厄」だ、と思ってしまうのが、あまり、良くないのだそうです。

「病は、気から」と似たようなものと、捉え、平常心で、この時期を乗り切りましょう。

「歳神様」って知ってる?

正月にやってくると言われている「歳神様」をご存知でしょうか?

「正月様」、「歳徳神」とも呼ばれていて、新しい年に実りをもたらし、新しい「命」を与える神様とされています。

正月前に、「角松」や「鏡餅」を飾ったりしますが、それは、歳神様を迎え入れる準備だと言われています。

歳神様を迎え入れる準備は、12月13日から12月28日までに済ませるのが、良いとされています。

それにしても、「神様」に祈るのが好きな日本人

筆者を含めて、みなさんも、神社仏閣には、よく行かれますよね。

旅行先では、勿論、何かの行事や節目の日、大晦日、お正月、初宮参り、七五三、桃の節句、受験、妊娠、体調不良、快気祝、安全祈願、商売繁盛、夫婦円満、いくらでも、ありますね。

「目には見えないものだけど」、参拝し祈ることで、「願いを叶えて欲しい」、自分たちが、行ってきた結果が、「未来」のはずですが、そこに、単純には、説明できないちょっとした「奇跡」を信じたいということなのでしょうか。

「物事、なかなか、思った通りにいかないものだよ」という表現をよく、しますよね。

事実、ちゃんとやっているけど、上手くいかないことの方が、世の中は、多いのかも知れません。

筆者も、何事も、思い通りになったことの方が、少ないです。

だから、神様、仏様に、すがりたくなるのかも知れませんね。

でも、そうやって、何事も、失敗しても、信念を持って、諦めず、神様、仏様にも、祈りつつ、めげずに継続していけば、到達する時間の差はあっても、成就するということなのかも知れません。

きっと、「神様や仏様は、そういうことだよ。」

って声が、どこからともなく、聞こえて来そうです。

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